ありのままの自分を好きになることが、
なりたい自分になる第一歩

2016.12.03

SLP※として、異国の地で様々なコミュニケーション障害をもつ子どもたちに寄り添う吉田さん。逃避していた過去から“ありのままの自分を受け入れること”にたどり着くまでのお話を伺いました。

※SLP(Speech Language Pathologist:言語聴覚士)

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転機となったのは、タイへの一人旅だった。

 「落ち込んでいた時期に、『なんかやらなきゃだめだ』という強い意識が生まれて、タイにスキューバダイビングのライセンスを取りに行くことを思い立ちました。

 その当時は、香港やハワイなどの海外旅行が流行りだした頃で、友人達は社員旅行で近郊の海外旅行へ行ったり、彼氏ができたり、雑誌で話題のお店の情報などを探索したりと、まさに二十歳前後の“青春”を楽しんでいるように私に見えました。友達が送るそんな“普通”の人生を羨ましいと思えば思うほど、自分の醜さ、惨めさに押しつぶされそうでした。

 そんな時だったんです。旅行代理店を通して初めての海外旅行、それも一人旅を実行したのです。当時は『サンキュー』もろくに言えませんでしたが、現地の人々との素晴らしいふれあいがきっかけで、英語を勉強し始めました。」

 

英語は私に、新しいアイデンティティーをくれた。

 

 

 「英語を習いたての頃は発音に対しての自意識が強く、またどもりを隠していて、学部卒業までの4年半、クラスで発言は一度もしませんでした(自慢ではないのですが)。

 クラスの外で話す私の下手な、そしてどもる英語はそれでも、現地の人々に受け入れてもらえているように思えました。英語はまるで、自分ではない別人が演技をしているような、セリフを読んでいるような、そんな感じでしたね。(きっと外国語を学ぶ話す人は少し分かるでしょうか、、、?)でも実際は、どもっているというより、語学習得段階ならではのスムーズでない話し方、と周りからは思われていたんです。それでわかったんです、何年か後でしたけど、何故私が英語にこだわったか。英語は都合がよかったんです、本当のどもる私を誤魔化し、そして隠すのに。

 この頃は吃音のほかに、摂食障害(これも当時は私だけの秘密)をも引きずっていました。日本では特別サイズか紳士ものしか着られなかったわたしでも、アメリカでは、女性のMサイズがゆったり!

 

 結果的には、こんなユニークな環境が、新しい自分を演じ再形成していくきっかけとなったように思います。

 

 そして少しずつ、英語を勉強したい、アメリカで勉強を続けたいという思いが高まっていったんです。それが逃避とはわからずに、、、、。」

 

逃げ切ることはできない。あるものをないなんて誤魔化せない。自分と向き合い、前向きに生きることを学んだのは、それらから逃げ辿り着いた外国、アメリカだった。

 「そして、アメリカまで逃げました!26歳で初の渡米、大学のESL課程に1学期間滞在。その後、30歳を機に再渡米、短大のESL※からスタートし、その後4年制大学に編入。その数年後、再々再渡米。大学院でSLPを学びました。※ESL (English as a second language:第二言語としての英語)

 

 吃音を“障害”と認め、受け入れたのは論文の資料集めをしていた学部4年生の時。DMS(Diagnostic Manual and Statistics of Mental Disorders/精神障害の診断と統計の手引き、アメリカ精神科医学会より出版)の中で、吃音が障害の一つとして記載されていたんです。

 

 公式な障害だと分かったときは、なんだか肩の荷が下りたような、そんな気がしたのを覚えています。

 

 何故かって、吃音は、私の練習、努力不足でも、親のせいでも誰のせいでもなく、生まれつき持った症状であるということ、そして吃音は国境を越え、当事者は同じ思いを共感しているのだと。結局、日本に置いてきたはずの、『太っていてどもる惨めな私』と向き合わざるを得なかったんです。」

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© 2019 きつおん女子の会
 

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