自分の居場所

通信制高校教諭

船津 毎さん

いろんな職や出会いを重ね“吃音がある自分だからできること”を考えた船津さんが、

通信制高校の教員になるまでのお話を伺いました。

2020.8.1.



他の人と同じように喋れないのは、自分が弱いからだと思っていた

自分が吃音だと知ったのは、28歳の頃、吃音の症状を抑制し、話す「楽しさ」、「喜び」を得ることを目的とした “ゆっくり会”に参加した時です。


昔から喋りにくいという自覚はありました。友達から「何でそんな話し方なん」とか、幼稚園の先生が私のことを「あまり喋らない」と言っていたことを、母から聞いたことがありました。


それは、私が、あがり症や緊張しいだからと思っていました。

というのも、多くの吃音の人に当てはまると思いますが、症状には波があり、調子が良いとスムーズに喋れるので、病気や障害だと思わず、自分が弱いから・・・精神的な理由のせいだと思っていました。


ネットで“吃音”を見つけ、「私はこれなのかもしれない」と思い、ゆっくり会に行って、みんなの話を聞いて、私には吃音があると自覚しました。

自分が吃音者であることを知り、安心しました。
それまで、他の人のように喋れないことで、自己嫌悪になり、それは、弱い自分が原因で、それで周りに迷惑をかけているとばかり思っていました。

“自分の弱さ”のせいではないと知ることができましたが、吃音が良いものとは、正直思えなくて・・・。

症状が出ることにより落ち込むことは以前より減りましたが、それを素直に受け入れられるかというと、まだ分かりません。




出会いが重なり、一度あきらめた教員の道へ

3年前から通信制高校の教員をしています。

科目は数学で、昨年からクラス担任をしています。通信制高校には、不登校経験のある生徒や障害がある生徒も通っています。

通信制高校で教師になろうと思ったきっかけは、レディスタ(レディース・スタタリングサークル:吃音女性のセルフヘルプグループ)で、吃音のお子さんを持つお母さんのお話を聞く機会があったことです。

そのお子さんは、進学先として通信制高校を考えていることを聞き、それまで、通信制高校のことはよく知らなかったのですが、いろんな悩みを抱えている子どもたちが通うんだと、関心を持ちました。


実は、小さい頃から教員に興味がありました。

両親と兄が教員をしており、教員の家庭で育ったからです。将来は教員の道に進むことを考えたことが何度もありました。


しかし、

吃音があったので、教員免許は取得しましたが、結果的にその道は選びませんでした。当時は、全日制高校を考えており、教師として自信が持てず、やっていける気がしなかったからです。

吃音を自覚した後、自分の経験が活かせる居場所が、どこかにあるんじゃないかと思っていました。
おおさか結言友会(吃音者のセルフヘルプグループ)の集まりに参加し、吃音がありながらも、やりたいことを頑張っている人の姿を見て、勇気をもらえたし、自信がつきました。
いろんな出会いが重なって、今があると思います。


吃音を隠して職を転々としてきた

転職回数は多い方だと思います。

今の学校に就職するまで、

ずっと吃音を隠して仕事を選んできました。


大学を卒業した後、消防局に音楽隊員として就職しました。

小学校から大学まで吹奏楽部でクラリネットを演奏していた経験があったからです。

仕事としては、各地のお祭りで演奏したり、学校で防災指導と演奏会をしたり、音楽隊の仕事がない日は事務をしていました。


次は、海上自衛隊に4年間勤めました。

弱い自分を強くしたい、そうすれば吃音も治るのではないかな」という想いで入りました。


その次は、歯科助手です。

この時期は、もう何したらいいか分からなくなっていました。


両親が離婚していて、母一人に頼るわけにはいかないと思い、資格がいらない仕事で近所で募集していたので、次のことを見つけるまでの、猶予期間というか、自分を見つめる期間と思い・・・とりあえず働いていました。


この時期に、ゆっくり会に出会い、自分が吃音であることを自覚しました。

その後、他のセルフヘルプグループにも参加、今の学校で働き始めました。

転職を繰り返したのは、決して前向きな理由ばかりではありません。

吃音を隠して、仕事選びをし、働いていると吃音が出てきて、嫌になり、それが辞める理由の一つになっていました。

「これがしたい」と思って仕事を変えているのではなく、症状が出てきて・・・新しいことすると気持ちをリセットできるじゃないですか、新しい人生みたいな・・・それで次の仕事を選んでいました。


そのため、一つの仕事をずっと続けている人はすごいと憧れていましたし、いろんな職についていることは、コンプレックスでもありました。

今は、いろんな職についてきた経験は、プラスの面でもあると思っています。
今務めている学校採用の面接時に教頭先生が、「いろんな職を経験しているのはいいことだし、指導にも生かせるから、マイナスに考えなくていいよ」って言ってもらったことでそう思えるようになりました。

今、「自慢はなんですか」って質問されたら、このことを答えます。




職場でのカミングアウト

自分に吃音があることは、採用が決まり、学校に行った最初の段階で伝えました。


私は、症状隠そうと思えば、なんとか隠すことができますし、採用の時は、言ったらマイナスになるかもしれないと思っていました。

まずは、管理職の先生に伝え、その後、同僚の先生たちに個別に、伝えました。

伝えた内容とては、


・吃音があって、出にくい言葉があること。

・特に苦手な電話や大勢の前での発言では吃音の症状が強く出ること。

・吃音で対応が難しいことがあれば、サポートや代りをお願いさせてもらいたいが、普段は、普通に対応してもらいたいということ。

もし生徒から私の吃音のことで聞かれたら、隠さずに吃音があることを伝えてもらいたい、そして私にもそのことを教えてほしいということ。

また、伝える際に気を付けたことは、できないことだけを言うのではなく、これならできますとか、ここは頑張りますとか、自分がどうしてほしいのかということを伝えるようにしました。

例えば、イベントでの学校説明など、大勢の前での発表は、できないことがあり、代わりをお願いすることもありますが、その時は、個別の1対1での対応等、他の出来ることを精一杯することを伝えています。

同僚の先生は、全体発表があるときは、「いける?」って聞いてくれるようになりました。自分が頑張れる時は「できます」と言いますし、調子が悪い時は「お願いします」って頼ることもあります。

働いている学校の先生は、吃音のこと知っていました。生徒にもいたりします。

自分が吃音であることを伝えた時。「あ、そうなんや」ってくらい。

「気にならんよ」って言ってくださる。


嬉しかったのが、教頭先生に吃音であることを伝えた時に、

気にしなくていい、自信を持ちなさい。どもるかもしれないけど、人とコミュニケーションでは、流暢に話すことが全てではない、表情や仕草が大切。

話をしていて、すごく好感が持てるから、自信を持っていいところ、できないことがあったら、頼ったらいいよ」って、言ってくださって。

詰まっちゃた」とか、「このタイミングで話せなかった」とか、うまく話せないことだけに、意識が向いてしまいますが。 それ以外の頑張りを見てくれていると感じます。


生徒との出会いが、吃音がある自分の居場所を教えてくれた


吃音があり人の痛みが分かることが、今の仕事に活かせていると思います。


学校で4・5人の生徒と話している時に、「なんでこの学校の先生してるの」って聞かれたことがありました。
正直に、自分に吃音があって、悩んだことがあって、人との出会いがあって、今の学校に来てることを話しました。

その生徒中に場面緘黙の生徒がいて・・・その生徒は当時、誰とも話さず、職員室にも入ってこれなかったのですが、その後、唯一私に話をしてくれるようになりました。

私に吃音があり、喋れない、うまく自分の気持ちが話せないという共通点があったから話ができたのか、理由は分かりません。

職員室にも入ってきて、質問や話もできるようになって、友達も増え、アルバイトも始めて・・・。

その生徒にどこまで私が力になれたのかは分かりませんが、まわりの先生からは、1年生の時は、私しか喋れなかったので、存在が大きかったんじゃないかと言ってもらえました。

この生徒との出会いは、教員になって1年目の私には、大きかった。必要とされる場所があるんやって思えました。

この出来事があって、

先生も含めて、みんな完璧じゃないし、悩みや自分を表に出してもいい。このことに気づけて、吃音があってよかったと思います。

今も吃音の症状が出てしまうことはあります。

かつての自分は、吃音のことを恥じていて、そのネガティブな感情で頭がいっぱいになっていましたが、学校では、生徒のことを一番に考えているので、自分のことは気になりません。


生徒から必要とされていると感じることができて、嬉しい。

今の学校は自分の居場所だと思います。



家族へのカミングアウト

兄と姉(毎さんの二卵性双子の姉)はよく喋るんです。

姉には吃音がなく、いつも面白いことを言って、周りを笑かしたりします。

私もそんな風に喋りたいけど、上手に話を展開できなくて・・・その代わりに自分に強みをつくりたくて、勉強を頑張りました。

そんな私は周りから見ると、冷めた人と見えるのか「なんで人と関わらへんの」って中学、高校、よく言われていました。


自分なりには、自己表現が苦手でそれを補う強みを持ちたくて勉強を頑張っていただけなのですが。

どもるところを、出せないようにしてたし、家ではどもりませんでした。

性格的に内向的になるタイプで、人とコミュニケーション取るよりかは、からに籠るようになった。

ゆっくり会に初めて参加した日の夜に、母に打ち明けました。すると母から、「そうやったんやね、ごめん」て言われました。
その日を境に、母と吃音の話ができるようになりました。

おおさか結言友会で活動してることも伝えると、母は吃音の専門家ではありませんが、音楽の教師をしており、声楽が主だったので、声の出し方とか、呼吸法とか何か協力したいと言ってくれました。

吃音のある人は歌っている時はどもりませんよね。2018年の秋に開催された関西大会(吃音のセルフヘルプグループの全国的な集まり)では、発声と歌のプログラムを担当してくれて、嬉しかったです。



“吃音がある自分だからできること”を考えたら、自分らしくいれると思った

吃音がある私なので、私の人生全てに吃音は影響しています。


自分の話し方を否定的に考えていたときは、隠すとか、治すとかの自己実現の道を探し、選んでいました。
吃音を知ってからは、“吃音のある自分だからできることは何か”という考え方に変わりました。
今までの自分も認めたい、経験を生かしたいと思います。
生徒の力になれた時は、よかったと思える瞬間が何度もありました。

これからも、教育現場で働き続けたいと思います。


吃音で悩むこともあると思うけども、続けていきたい。

吃音のある教師として吃音を恥じる必要はないけど、症状が出ないようにある程度、改善するというか、抑えるというか、そういう努力は必要だと思う。

吃音のある自分を受け入れたうえで、自分にできる努力をし、吃音がありながらも、教育現場で働き続けたい。


吃音女性にむけてのメッセージ

女性、男性関係なくですが、笑顔で、自分らしく生きてもらいたいなと思います。

また、女性の吃音者は、男性の吃音者より少ないですから、周りに話せる仲間がいなくて、かつての私のように1人で悩んでる人もいるんじゃないかと思います。


悩みを打ち明けれられるような場所を見つけ、いろんな悩みを語り合ったり、元気をもらってほしいと思います。





Q&A

Q. 大切にしてる考え方を教えてください。

・「やらないで後悔するよりやって後悔した方がいい」と考えてます。

吃音を理由に、やりたいことを最初から諦めないで欲しい。やってみたら意外とできたということがあるからです。


・「人は人と出会って変わっていく」と感じています。

私自身、自分の殻に閉じこもっていたときは、いくら考えても何も変わらなかった。

でも、人と関わるようになって自分が変わっていくのを実感しましたし、今の自分があると思います。

吃音で落ち込んだとき、人と会うのがしんどくなる時があるかもしれないけど、人との出会いを大切にして欲しいと思います。



Q 通信制高校の教員をしていて、船津さんの経験が活きると感じることは何でしょうか?

生徒の中には、悩みを打ち明けてくれる人がいます。

悩みやコンプレックスの痛みが分かるので、話を聞き、自然と寄り添えているように感じます。



Q 夫さんも吃音がありますね。

お互いに吃音者なので、悩みも言いやすいです。将来は母親としても笑顔のある家庭をと思います。



Q 取材を受けてみてどうでしたか。

おおさか結言友会に入った頃、体験談の機会があれば、積極的に手をあげていました。

「悩みや体験を聞いて欲しい!」という想いがありました。

その後、吃音について話せる仲間ができたので、発表することは無くなっていますが、今回、改めて吃音のある自分について考える機会になりました。話すことって大事ですね・・。



船津 毎さん


通信制高校教諭

消防局員、自衛隊員、歯科助手・・様々な職を経験し、吃音のセルフヘルプグループに参加。自らが吃音であることを自覚するとともに、吃音当事者やその家族との出会いから、かねてから関心があった教員の道へ。


 

©2019-2020 by きつ女録

  • Twitter
  • Facebook
This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now