吃音者の支援活動に関わり続けたい

CADオペレーター

​千葉 秀美さん

みんなが考える、仕事、家族との関係、結婚・・・

”後悔の無い自分らしい生き方”と言える今にたどり着くまでの道のりとこれからを千葉さんに伺いました。

2019.4.1

吃音が出始めたのは、幼稚園に通っていた4歳ぐらいだったと思います。

当時、一緒に暮らしていた祖母から、「この子はごっこだ。」と言われたことを覚えています。

“ごっこ”というのは、宮城県の方言で、ホテイウオのことを指すのですが、回遊して繰り返し戻ってくる習性から、どもる人のことをそう呼んでいたそうです。

この一言で、「私って変なのかな」と思うようになり、母も祖母に倣って、私の吃音を指摘するようになり、どもらないようにしようと思えば思うほど、どもりは酷くなっていきました。

高校卒業後、いったん就職し、一般事務の仕事をしましたが、1年ちょっとで辞めてしまいました。電話で苦労して、精神的に辛くなったからです。

その後、短大に進学し、再度就職活動をする際、事務職は無理だとわかっていたので、それ以外の職種で就職先を探しました。

当時、女子の求人は一般事務がほとんどで、専門職としては、SE※1がポツポツ、そして、CAD※2オペレーターという初めて目にする職種があり、よくわからないまま受けてみたところ、卒業寸前のところでなんとか採用が決まりました。

結果的に、その会社を受けて良かったです。

CADオペレーターの技術を身につけることができ、今、こうして50歳を過ぎても仕事をいただけるのは、この技術のお陰だと思っています。

※1 SE(System engineer)コンピューターシステムに関わる業務を行う職種。

※2 CAD(Computer Aided Design)設計ソフト。主に物や建築物の設計図作成に用いられる。

吃音の理解を得るために試行錯誤を続けてきた

仕事において、吃音のことは隠し続けてきました。

CADオペレーターの仕事は、主に図面作成ですから、基本的には話す必要はありません。

しかし、派遣先によっては、CADの仕事だけでなく、一般事務の仕事もお願いされる場合もあります。その中には、もちろん、電話応対も含まれます。


ある派遣先での話ですが、図面の仕事が極端に少なくなり、時間を持て余していた私に、上司は、事務の女性の隣に座り、彼女の補助(主に電話番)をするよう命じました。

とりあえず、その場で「はい」と返事をしましたが、その後、事務員さんの隣に座ることは一度もなく、案の定契約前にクビになりました。


また、別の派遣先の話ですが、何とかなると思い、CADオペレーター+事務の仕事を引き受けてしまったことがあります。

事務所にかかってくる電話を頑張って取るんですが、どうしてもうまく受け答えができず、本社の中には、こんな私の電話応対を指摘してくる方もいて、そんなところで長く働く自信もなく、結局1ヶ月で辞めてしまいました。


これは、吃音のことを正直に話さなかった私が全て悪いのです。

初めから正直に話していれば、そもそも採用されることはなかったし、お互いに不愉快な思いをせずに済んだはずですよね。


夫の仕事の都合で引っ越した船橋市で就職活動をする際、ハローワークの担当者に吃音のことを打ち明けました。

しかし、その方も当然吃音についての知識はなく、そのため私は、吃音に関する文献や、北海道で自死した看護師さんの新聞記事を印刷したものを持っていき、吃音について理解していただきました。

はじめ、障害者採用枠で探してもらうつもりでした。それには診断書が必要ということでしたが、それを書いてもらえる病院について、誰一人知らなかったため、一般枠の採用で、電話ができないことを理解してくれる会社を探すことにしました。


就職した会社では、入ってすぐ、上司に当たる方に、全言連が発行しているパンフレットや金沢大学の小林宏明先生の資料を用いて、吃音症について説明しました。

周りの人も、私が電話を取れないことを理解してくれていたので、働きやすかったです。


でも、隣のデスクの電話が鳴り、その方が不在の時は、別の社員さんが遠くからわざわざ走ってきて電話を取る様子を見て、「本当にこれでいいのか・・・」と思い悩むようになりました。


また、休みを取る時は、終礼で前連絡するというルールがあり、大勢の前で話すことなど到底できない私は、上司にそのことを相談しました。

上司は、「別に言わなくていいよ」と言ってくれたのですが、こんな小さな社内ルールさえ守れないことに心苦しさを感じました。

結局その会社も1年半で辞めました。

辞めた理由は、それだけではないにしろ、そのことが原因の一つではあります。

今の職場は、仙台に戻った昨年の7月から働いています。

もちろん、電話応対無しという条件で採用してもらいました。

ここの職員は、各自携帯電話を持っているので、電話の心配はないのですが、それでも、辛いことはあります。

昨年の忘年会の時、同僚が私の隣にやってきて、遠回しに「電話ぐらいしてよ」と言ってきたのです。

実はその1週間ほど前、事務所にあるウォーターサーバーの水のストックがなくなり、数日水を飲めない日がありました。

結局、上司が業者の電話番号を探して注文してくれたのですが、その同僚の方は、一日中事務所にいる私に、電話の1本ぐらいしてほしかったようです。

その日以降、情けなくて、悔しくて、毎晩泣き続けました。同時に、同じ職場の人間には自分の吃音について知ってもらう必要があると感じました。

後日、その男性に、吃音の資料を見せて説明したところ、「ひどいこと言ってごめん」と謝ってくれました。



吃音が手話を学ぶきっかけに


23〜24歳の頃、まともに話せない自分にほとほと疲れ果て、絶望的になっていた時期がありました。

そんな時、テレビの手話ニュースを見て、これなら自分の言いたいことが伝えられるかもしれないと思い、手話を覚えることにしました。

実際は、相手が手話を読めなければ、会話にならないのですが、手話を付けながら話すと言葉が出やすくなることを発見しました。

一旦離れた時期もありましたが、手話サークルや市の手話通訳者養成講座に通いながら、かれこれ20年以上勉強しています。

今年の12月に手話通訳者全国統一試験があり、それに挑戦する予定です。

手話通訳は大きく2つに分かれ、聞き取り通訳(聞いたことを手話で表現)と読み取り通訳(手話を読み取り、音声言語に変換)があるのですが、私は吃音者なので、読み取り通訳の練習では、いつも苦労しています。

この二つができて、初めて手話通訳者になれるので、自分には無理だとはわかっているのですが、私以外の吃音の方にも、コミュニケーションの一つとして、手話があるということを知ってもらいたいと思い、そのためには、資格が必要だと思ったんです。

元々ろう者が使う手話単語の数は、500程度しかないと言われています。

手話通訳者には、必要な単語を選択し、言葉を組み立てる技量が求められます。

私は幼い頃から、常に“言い換え”をしてきたので、そこらへんは得意なんです。とは言っても、頭に浮かんだその言葉も、なかなか口から出てきてくれないんですけどね。




夫に吃音を理解してもらうために

26年前に結婚しましたが、子どもはいません。

これには、吃音が影響しています。子どもに私の吃音が遺伝するかどうかは気にしなかったのですが、自分一人が生きていくだけでも大変なのに、その上、子どもを育てる余裕なんてない、というのが正直なところでした。

例えば、子どもが体調をくずして病院を受診する時に、子どもの症状を医師にうまく説明できないんじゃないか・・・とか、子どもが幼稚園や小学校に上がれば、電話連絡や保護者会などでの発言が増えるのでは・・・とか。

このことは、夫には打ち明けることができず、単に「子どもが好きじゃないから」ということにしてあります。

10年ほど前、mixiの吃音コミュニティに参加したことがきっかけで、言友会の存在を知り、入会に至りました。夫の仕事の関係で千葉県船橋市に引っ越した後、東京言友会の女性のつどいや千葉言友会のイベントなど、言友会の活動に本格的に参加し、心に何かしらの変化が起きてきました。

結婚した当時の私が、今の心持ちであれば、子どもを諦めなかったかもしれないなぁ・・・と思います。

結婚する前、夫に吃音のことを話したら、「なーんだ、気にすることないよ」という反応でした。

今でも、夫には、吃音について十分に打ち明けられていないと思っています。もっと理解してほしいんですけどね。

私が言友会に入っていることや、昨年、広島市で開催された世界大会ついて、夫は多分何も知らないと思います。

私は、私が吃音に悩んでいるということ、苦しんでいることを知ってほしいだけなのですが・・・言えないですね。

おそらく夫は、「むやみに触れてはいけない話題」だと思って、私から切り出すのを待っているのかもしれません。

近年、テレビ番組でも吃音が取り上げられることが増えてきました。

最近のことですが、NHKやAmebaTVで放送された吃音の番組を夫と一緒にやっと見ることができるようになりました。

これは、私にとって物凄い進歩なんです!



後悔の無い自分らしい生き方

私は、実の両親と25年以上疎遠になっています。理由はいくつかあるのですが、その一つは吃音です。

私が幼い頃は、“吃音は、本人の努力で克服するもの”という考え方が一般的だったし、診てくれる病院も相談する場所もなかったので、両親は私の吃音を見て見ぬふりをしてきました。

私の中では、親に見捨てられたという思いがずっとあり、結婚を機に縁を切りました。

親と縁を切ったこと、子どもをもたなかったこと・・・吃音だけが理由ではありませんが、私の人生の選択に少なからず吃音が関わってきたことには間違いありません。

しかし、後悔は全くありません。

人生には、子育て、介護、といったライフイベントがありますが、私は自分のためだけに生きてきました。

「これで、いいのかな?」と思うこともありますが私の性格上、たとえ吃音がなかったとしてもこういう生き方しかできなかったのかもしれません。



吃音者の支援に関わり続けたい


言友会に入り、他の当事者の方々と知り合っていく中で、「私も堂々と生きていってもいいのかな」と思えるようになりました。

もっと早くその境地にたどり着きたかったですね。

一人で悩んでいる吃音当事者の方には、言友会のような場所があるということを知ってもらい、一日も早く、彼らを孤独から救ってあげたいです。

特に、吃音の子どもたちを支えたい・・これからどういう人生を歩んでいくかは、子ども時代をどう過ごすかにかかってくると思います。

そのためにも、各地で吃音の理解を広める活動に積極的に参加したいと思ってます。

私は自分の経験を話せますし、単に当事者の話を聞くことだけでも、何らかの力になれると思います。

これからの残りの人生、吃音者の支援に全力で関わっていくつもりです。



吃音女性にむけてのメッセージ


社会は確実に変わってきています。

私のように逃げないでほしい。

望むのであれば、子どもを持って、親の介護もして、悔いのない人生を歩んでほしい。

絶対に支援してくれる人、場所はあると信じて生きてほしい。

そのために、カミングアウトは必要不可欠。職場、家族、友達、結婚したら、相手側の親族にも。

自分ができないことは、予め話しておくことは、とても大切。

勇気を出して、周りにお願いしてみて。周りを頼ってみて。


Q&A

Q.好きな人や恋人に吃音であることを伝えるかどうか悩みます。

A. 私がそういう相談を受けたら、真っ先に「話して」って言います。

全てを打ち明けて、初めて本当の恋人同士になれると思います。

話をしていないのであれば、まだまだ表面的なお付き合いでしかないのではないでしょうか。

そういう私も、夫には、まだ吃音の資料すら見せることができていないし、私が心底悩んでいるなんて、彼はこれっぽっちも思ってないでしょう。

夫には一番わかってほしいのですが、まだまだ時間がかかりそうです。

吃音って、ほんと厄介で悩ましいですね。



千葉 秀美 さん

長年CADオペレーターとして働く。

近年は言友会といった吃音当事者の自助グループの活動に参加。

時間を見つけては、水泳、ヒトカラなど一人の時間を楽しむ。他、サルサダンス、英会話、マージャンなど、人との接点も保つよう心掛けている。

現在、手話通訳者を目指して勉強中。


 

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