求められる役割を果たすため、目の前のことを真面目に取り組んでいきたい

耳鼻咽喉科医、吃音相談外来

細萱 理花さん

二度目の進路選択で医師の道に。

日本で唯一の女性吃音相談外来医師になるまでとこれからについてお話しいただきました。

2019.12.6


※諸事情により、夫さんが描かれた似顔絵で登場いただきました!^^

いつから吃音ですか?

幼稚園の連絡帳を読み返したら「リカちゃんはどもることがあります」とあるので、幼稚園の頃には吃音があったのだと思います。


ただ、小学生までは、友達と話すときに「言い辛いことがあるな」と思うことがありましたが、教科書の音読や発表もできていました。電話もできていましたし、日常的には困りませんでした。

その頃から、言われたことは真面目にやるけど、自分から積極的に前にでるタイプではなかったですね。


小学校までは、関東の地方都市で公立学校に通っていたのですが、中学校から都会の私立の女子校に通い出し、そこでカルチャーショックを受け、一気に吃音が悪化しました。

これまで見たことのない世界が広がっておりました。

あいさつが「ごきげんよう」という学校なんですが、同級生が派手というか華やかな女子が多かった。「私、いま、インターナショナルスクールのクリスと付き合ってるの!これからデートにいってくるわ、ほほほ!」と、当時の最先端のオシャレ、ルーズソックスにミニスカートのブランド金持ち女子が、いわゆるスクールカーストの上位でした。



私は地方都市で、ひたすら真面目に地味に生きてきたので、慣れない環境にびっくりするわけです。

小学校までは真面目で勉強ができると評価されたのですが、中学はちがう価値観がありました。


で、自己肯定感が大暴落して吃音症状が悪化し、発表はできない、音読はできない状況になりました。人前で話すことが怖くなったので、下校したら図書館でひたすら本を読む、という生活をして中学・高校を過ごしました。



まあ、今思うと、スクールカーストは本当にあったのか?と思うんですよね。

あの時は華やかな女子たちが羨ましかったのですが、あのキラキラ女子のお嬢さんたちも、裕福だけどいろいろと面倒で大変そうなおうちに生まれ育っているわけです。

「遺産相続が骨肉の争いで大変」とか言ってる子もいましたし。

彼女たちは振りほどきたいバックグラウンドがあるから、無理に派手に騒いでいたのかもしれない。自分が大人になって振り返るとそう思います。


当時の自分に「価値観違う人たちで仲良くやっていったらいいんじゃない」って言ってやりたい。自分で勝手に萎縮しちゃったのかなあ、と思います。



苦戦した就職活動と一度目の就職

大学は一度、文学部に入りました。そこでも人と関わるのが怖く、ひたすら図書館で本を読む生活をしていたわけです。

大学は、高校より空き時間があったので、たくさん読めました。


で、気がつくと大学4年生になっており、就職活動のエントリーシートを書こうとしたら、書くことが何もないことに気づきました。


中学生の頃から、学校と図書館を往復する生活だったので、書けそうな自己PRのエピソードがない。

他の人は、バイト、サークル、ボランティア活動、留学、インターンシップ等々、シートのスミまで「よく書けるな」と思うほどみっちり書いてる。

自分は水増して頑張っても3行しか書けない。運よくエントリーシートが通って面接にいっても、

吃音のために、面接で話すことが怖かった。
吃らないように話すことに意識が囚われてしまって、相手が何を言っているのか分からなくなりました。

一般企業には全て落ちまくり、最後に運よくなんとか博物館にもぐりこみました。


資料整理の仕事だったので、吃音のことは困りませんでした。

しかし、分からないことは同僚や上司に相談して、対応しないといけない。また、電話での問い合わせが来るんです。


今だと“合理的配慮”で、「吃音があるから電話は免除してください」、と言えるかもしれませんが、当時は、その概念は一般的ではありませんでした。


電話で「○○の収蔵作品はありますか?」の問い合わせがあって、頭の中では全部分かっててスラスラ説明できるのに、電話だと、「えーと、あ、あれは・・・」とつっかえつっかえになるので、相手から「この程度のことがきちんと説明できないあなたは勉強不足です!もっと勉強しなさい」と怒られて「本当は分かっているのに!」と落ち込んだことがあります。

で、落ち込むとますます電話が怖くなり、出ても話せなくなっていく。悪循環です。


苦手意識が強くて、電話が鳴るだけでドキドキするし、通話中は、自分がきちんと話せるかで頭がいっぱいで、相手の話はロクに聞いていないし、メモする余裕もないので、電話を切った瞬間に「えーと要件は何だっけ?」ということも珍しくなかったです。


仕事だから、電話が鳴ったら、すごくイヤなんだけど、取らなくてはいけない。そして電話が終わると「嗚呼、今日もうまく言えなかったなあ」と落ち込むわけです。

場数を踏めば慣れてしゃべれるようになるだろう、と思っていましたが、失敗の負のイメージが積み重なって結局うまくなることがありませんでした。


言語聴覚士を諦め、医師の道へ

こういう生活をしていたので、博物館での居心地も悪くなってきて、転職を考え始めました。


「じゃあ次の仕事をどうしようか」と考えたとき、当時発売された“13歳のハローワーク(著・村上龍)”を読み、そこで、「言語障害の患者さんのケアをする“言語聴覚士”という仕事がある」ということを知りました。



そして、言語聴覚士の養成校の受験をしたのですが、面接でことごとく落ちました。吃音のせいではないと思います。自分はとにかくこの職業につきたい!との思いがあったので、吃音は出ていましたが、

意思疎通ができるレベルには会話はできていました。まあ、いま振り返るとこの面接内容なら落ちるよ、と思うんですが。


ある養成校の面接で「あなたを、動物に例えると何ですか?」と聞かれて、「自分は羊だと思います!

やわらかい印象で周りを癒す存在。しかも、いざとなったら食べても美味しい。役に立つ生き物です!」と答えて、「我ながらナイスな返しができた!」と思っていたのですが・・・。 面接って大喜利じゃないんだから。面白いことを言えばいい場所じゃないんですよ。

あと、現在の職場(病院)で「サル」とか「タヌキ」呼ばわりされている自分が「私はいやしの羊だと思います!」と言うのは明らかにイメージが違っていたなあと。

あと「食べても美味しい」ってなんだよ、と今から考えると思います…。



でも、当時の自分はそんなこと分かりませんから、面接を受けては、落ちる。

で、落ち続けると、面接の途中で「今回も落ちるぞ」というのがカンで分かるようになりました。こういうカンを磨くより、なぜ落ちるのかを分析した方がよかったんじゃないかとは思いますが。


ある面接で「もうこれは落ちるな」と思ったので、「最後に質問はありますか?」と尋ねられた時、「はい!なぜ私はこんなに落ちるのでしょうか?」と聞いてしまいました。

そうしたら親切な面接官が「貴方は、言語聴覚士としてキャラが合わないと思います」とズバリ言ってくださったのです。


「ここが足りない」と言われたら、そこを補う努力ができますが、「キャラ」って…。

人格を変えるのは難しい。

これは適性がないのかもしれないと諦めがつきました。



じゃあ、医者かな。医療関係だからそんなにやることも変わらないだろう。

医者も同じように言語障害の方と関われるだろうと思い、ガリガリ勉強したら医学部は運よく受かりました。


これまでの仕事や電話で苦労することに比べたら、座って自分のペースで勉強するのは精神的にはラクでした。

ただ、身体にはかなり負担がかかり長時間座りすぎて痔になりかけ、腰痛になり、歯を食いしばりすぎて奥歯が欠けました。今でもこれらの後遺症がつらいです。



30歳を過ぎて医学部に入り、第二の大学生活が始まりました。

文学部の頃と違ったことは、私に学ぶ目的ができたこと、そして、カリキュラムが膨大だったことでした。毎朝9時から夕方4時半まで授業を受けていました。

“吃音”はいつやるのかと待っていたら、2年、3年…全然出てきません。耳鼻咽喉科のところで、ちょっと出ましたが、5分も習っていません。

吃音自体には、医学部6年間、勉強ではほとんど触れませんでした。



吃音と研修医生活

国家試験合格後、研修医としての日々が始まりました。研修医時代は大変でした。

それぞれの科を2ヶ月単位で回ります。

環境に慣れた頃に別の科に移るので、吃音がある私にはストレスがかかりました。

そして、また電話です。病院に入って3日目に、PHS(病院回線用の携帯電話)を渡されました。これが鳴ったらいつだろうと絶対取らないといけません。


自分が一番下の研修医なので、電話の相手は基本的に上のえらい先生たちです。

それだけでもプレッシャーを感じるのに、忙しい先生方に電話をかけるときは「手短に、簡潔に、分かりやすく」話しなさいと指導されます。


当時の指導医に相談したら、「あらかじめメモを取って、その通りに読めば、話せるでしょ」と言われました。それができたら苦労しないんですけどできないしねえ。

例えば、「血圧が、158の78です」。これが言えない。脈拍とか、名前とか、言い換えできない…

あと、言い換えできるところを言い換えると、遠回しの表現になり「手短に簡潔に」ではなくなります。


「58歳の女性 主訴は回転性めまい。既往歴・現病歴のないBPPV疑いの患者さんです」とスパッと言えばいいところを、自分がいうと言い換えを多用するので、「えー50代半ばの年配の女性が、く、くるくるするタイプの、め、めまいで・・・きゅ、救急受診しました。こ、これまでに大きな、・・・び、びょう、病気をしたことは、と、特にない方です。り、りょう良性発作性の、と、頭位めまいを考えています」 

と長文になります。「回転性」が言えないので、「くるくる」に言い換えて、意味が伝わりにくくなる。上の先生から「聞いててイライラする」と怒られたこともあります。


今だと他の医師に電話するときは「細かいことは電子カルテに書きました!詳しくはこれを見ていただきながら電話で相談させてください!」って言って、自分であまり話をせずに相談できるようになりましたが、研修医の頃はさすがに、上の先生に向かってそんなこと言えなかったのできつかったですね。




吃音医師の会との出会い

幸いだったのは、研修医の時に“吃音医師の会”に参加したことです。


発起人の1人である、菊池先生(九州大学)とは、大学5年の時に私からご連絡し、度々相談に乗っていただいていました。


というのも、学生時代の病院実習で見ず知らずの患者さんと話すことに苦労し、将来どうしようかと悩んでいたのです。耳鼻咽喉科に行こうかどうしようかという進路の悩みも含めて、ご相談をメールでさせていただいていました。


そのご縁から、研修医1年目の時に「吃音医師の会に来ませんか」とお誘いいただき、集まりに参加しました。


吃音医師の会は、吃音のある医学生・医師(特に若手)のサポート・吃音医師同士の情報交換が目的の集まりです。


吃音の先輩ドクターズに「院内PHSの連絡がつらいです!上の先生に患者さんの相談をするときにうまく話せなくて困ってます!」というと、

「研修医が終わり3年目からは自分が相談される側になるから大丈夫だ!3年目からはラクになる!」と励まされました。
今年の夏の吃音医師の会の集まりで、自分が吃音の医学生や研修医に「3年目からはラクになる!」と同じセリフを言う側になっており歳月の流れを感じました。

実際、3年目からはそれなりにラクになりましたし、職場の病院でも耳鼻咽喉科の上司など、吃音に理解のある医師もいたことは救いとなりました。

身近なところにも、こちらの様子をみてくれて分かってくれる人がいたのです。


で、めでたく2年の研修医生活を終えた後、耳鼻科勤務になりました。

この病院では、その頃から既に吃音相談外来があったので、希望して担当させていただくことになりました。




自己実現について

中学生の頃、“夜と霧”という本を読みました。

精神科医のヴィクトール・フランクルがナチス強制収容所での過酷な経験に基づいて書いた本です。フランクルはいつ自分がガス室に入れられるかわからないという極限状態で奇跡的に生き残り、終戦後にこの本を書き上げました。


絶望的な状況のなかでも人生には意味がある。 あなたを待つ何かがあり、誰かがあなたを待っている。

収容所の生活に絶望し自殺を考える仲間たちにフランクルはこう呼びかけ、仲間たちは生きる気力を取り戻します。


フランクルは「自分が本当にしたいことは何か」を考えるのではなく「世の中が自分に何を求めているのか」を発見せよ、と説き、私はその考えに惹かれました。

「使命はあなたに気づかれるのを待っていて、あなたにはできることがある」とのメッセージは当時、吃音で落ち込む私に大きな励ましになりました。


自分のことで言えば、いろいろあって、現在、不思議なことに医者になっています。
不思議としか言いようがありません。それはきっと私を誰か待っている人がいて、求められている何かがあるのだろうと思います。

目の前のことを真面目に取り組み、人生の問いかけに応えていこうと思います。

まあよほど環境が合わないと眠れなくなったりおなかが痛くなるので、その時は他の道を考えるかもしれませんが。




生きづらさは、吃音が原因なのか? 吃音の捉え方の変化

医者になって数年後から、自分自身の棚卸しができるようになりました。

「自分が今困っていること、生きづらいと感じていることは、吃音が果たして原因なのか?他の要因があるか?」と考えるようになりました。

若い頃は、上手くいかないことは全て吃音のせいと思っていました。

「吃音さえなければ、人生パラダイスになるのに…」と。


でも思い返すと、吃音があっても日常生活にさほど不自由のない小学生の頃から、人前に出るのは嫌でした。

グイグイ前にでるタイプじゃないのは、吃音だからじゃなくてもともとの気質が大きいと思います。



あと、仕事では吃音以外で怒られることが多いです。

注意力足りなくて用事を忘れるとか、結構調子良く話せる時に余計なことを言っちゃうとか。




自立とは依存先を増やすこと

昔は、「吃音がある分、他の人より頑張らなきゃ」と無理をしていました。
今は、どこまでができて、どこまでができないのか、線引きがある程度できるようになり、できない部分に関しては、素直に「助けて」と、だいぶ言えるようになりました。

例えば、電話が、あまりにもやりづらいと人にかけてもらいます。


初めての相手に電話を掛ける時、冒頭の挨拶ができないから、そこを別の人にお願いして、話を繋いでもらい本題の部分から私が変わって話すということをしたりします。

電話をかけた時の、最初の名乗りが難しくて、相手の反応がどうしても気になって、上手く話せなくなることがあるからです。


なぜこの考えになったかというと、当事者研究で著名な熊谷晋一郎先生(東京大学准教授)の、「自立とは依存先を増やすこと」という考えに出会ったからです。

人間、自分1人で全部できないのだから、人に頼ることは当たり前のこと。 そして、頼る先が一箇所だと何かあった時に大変だから、複数頼れる先を持っておくことが良いと思います。


吃音があるから

吃音があるから、生き辛さを抱えた人や、困ってる人によく目がいくようになったと思います。


医者という職業もあるかもしれませんが、「この方は耳が不自由そうだから筆談しようか」とか、「呼び出し音が聞こえないかもしれないから、待合室までお迎えに行こうかな」とか。自分が吃音でこれだけ大変なんだから、他の人たちも大変だという意識は常にあります。



「先生を見て、なんとかなる気がしました!」

これから、吃音がある人が、より生きやすくなったらいいなと思っています。

知る限り、現在、吃音を診ている女性の医者は自分の他にいないと思うので、もっと増えてほしいです。 あと、自分も吃音です、という女性医師の方がいたら、是非お話してみたい。

うちの病院にも医学部の実習生がやってきます。「現場でバリバリ働く医者の姿をみて、自分が将来、医者になれるのか不安になってきました…」という学生さんが結構います。

実習先で私を見て、「先生の仕事する様子を見て、自分でもなんとかなる気がしました!」と言って安心する子もいるんです。

実習生を勇気づける存在、いいですよね。

この「自分でもできそう」という感覚は大事だと思います。彼らも「自分には無理!」と委縮ばかりしてると長い実習生活が大変ですしね。




吃音女性にむけてのメッセージ

うーん、1人で抱え込まないで欲しいです。

あなたはかけがえのない大切な貴方なんだから、助けてほしいときは、助けを求めていいんですよ、と言いたいです。

セルフヘルプグループなどに行くと出会いがありますし、まずは吃音関連の講演に行って話を聞くだけでもいいと思います。

今の時代、少しインターネットで呟けば、良くも悪くも反応はありますが、ネットは意見が多様なので。 最初は、誰かと直接会って繋がることを勧めます。

あと生きづらいのは、吃音以外にも原因があるかもしれません。

自分も、インドア人間で人前に出るのが面倒ですし、頭の中が常にごちゃごちゃして忙しい。吃音以外にも結構大変です。


ただ、生きづらさが吃音によるものなのか、他の原因があるのか解きほぐす作業は一人だと結構大変なので、仲間と一緒にやって「自分だけではなく他の人もそうなのか」と思うと孤独でなくなります。




Q&A

Q. 言語聴覚士や医師を目指した理由を改めて教えてください。

うまく話せないことはずっと頭にありました。


“13歳のハローワーク”では、「自分がそのことを考えていて、ひたすら考えていられることを、仕事にしたら良い」と提案していました。

それなら、日々考えている、考えずにいられない吃音のことを仕事にすれば良いんだって思いました。

お酒が好きですから居酒屋もいいなと思いましたが、絶対、店の商品の酒に手をつけると思い、あきらめました。



Q 趣味を教えてください。

インドア人間です。履歴書に書ける素敵な趣味は何もなく、強いていえば飲酒でしょうか。日本酒が好きです。

つまみは自家製のぬかづけ。ぬかに野菜をいれておいて放置すれば完成する料理です。

毎日作れば、ぬかを毎日混ぜることになりますので手間も少ないし、後はぬかと塩を補充するだけ。簡単に野菜がとれておすすめです。



Q ご家族と吃音の話はしますか。

夫とは長いつきあいなので「自分自身が吃音があるので、吃音関連の仕事をしている」と自然に会話に出てきますが、勇気をもってカミングアウト!みたいなことはしたことがありません。


カミングアウトする時は「それを聞いた相手がどういう反応をするか不安」というのがあるかと思いますが、私が何を言おうと夫の態度と気持ちは変わらないと確信してますので、特にカミングアウトする必要がありませんでした。

してもよかったのですが、2人の仲ではどうでもよくなっていたのです。



Q 付き合っている人に、吃音のことを打ち明けるかどうか悩みます。

自分のつらいところをどこまで相手に言えるのかということですよね。

例えとしてどうかとは思いますが、夫は髪が薄いのです。端的にいえば、頭頂部がザビエル神父。でも本人は全く気にしないで生きています。 たまに夫婦ゲンカで私がキー!となり、夫の髪を引っ張ると面白いようにズルと髪の毛が抜けます。が、何本抜けようが本人は気にしない。引っ張られて痛いとは思いますけど。そもそも相手が気にするようならさすがの私もそんな豪快に髪の毛を抜いたりもしないですし。で、私は、「妻のストレスのはけ口になれば」と夫婦げんかであまり抵抗せずに自分の髪の毛を抜かせてくれる、頭も心も神父のように慈悲深い夫が、ツルツルでもフサフサでも関係なく好きです。


で、もし、夫が髪の毛を気にして、私にこっそりとカツラをつけて、苦労して隠して、お風呂に入るたびに必死で取り外しをしていたとしましょう。で、それをたまたま私が脱衣所で見つけてしまったとします。夫の秘密を知ったとしたら、たぶん「いじらしく隠す姿が、か、かわいい!(もう興奮して連発が出ますね)」と萌えてしまうと思います。


また、夫がこっそりカツラをしていたと仮定して(夫よ、ネタにしてすまん、今度、酒をおごるから)それを私に打ち明けたいと思い、勇気をもって「ボク 実はカツラなんだ」とカミングアウトをしたとしましょう。 そうしたら「まあ、苦労して隠していたのね!なんといじらしい。これからはもういいわよ、ありのままの~姿をみせて~」と私は言うでしょう。 そして告白する夫の勇気に感動すると思うのです。で、勇敢でいじらしい夫にまた萌えるような気がする。夫のカツラを夫の分身と思い、桂太郎とか名前をつけて一緒にお手入れしてかわいがると思います。


要するに、恋は盲目です。 大好きなパートナーが努力して何か隠すことがあれば、その苦労をいじらしいと思うし、打ち明ければその勇気に感動するということです。 どっちに転んでも、二人の関係が愛に満ちてれば問題ない。 恋は盲目になるように相手と関係を築くことがまずは大事かと自分としては思います。

えーと最後にこういう話でいいのでしょうか。長い間、聞いていただきありがとうございました。



細萱 理花さん


耳鼻咽喉科医、吃音相談外来

一度は就職するも、転職を考えた際、自らの吃音経験から、言語障害をもつ人と関わる仕事に関心を持ったことをきっかけに医師の道へ。

耳鼻咽喉科医であり、日本で唯一女性の吃音相談外来担当医。(編集者調べ)

©2019 by きつ女録

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